脳型人工知能:生物の柔軟な学習メカニズムの解明と実現


近年、私達の脳の特性をヒントに提案された深層学習(ディープラーニング)など、ニューラルネットワークに基づく機械学習が様々な分野で著しい成功を見せ始めました。ニューラルネットワークは脳の特性を参考に提案されたものですが、実はそこに取り入れられている脳の特性とは、実は今から半世紀も前に発見された実験事実のごく一部でしかありません。

その後、現在までの半世紀、特にこの10年ほどの間に、実験技術やデータ解析技術の革新的な発展により、私達の脳に関する知見は急速に増大しました。しかしそれら最新の脳の知見のほぼ全ては、まだ現在のニューラルネットワークに取り入れられてはいないのです。

半世紀前の脳研究の成果が現在のディープラーニングを生んだように、最新の脳研究の知見の利用は、ディープラーニングを超える新たな人工知能の誕生につながるに違いありません。

しかし重要と思われる脳の特性を現在のニューラルネットワークに適用するのは簡単ではありません。生物の脳と現在のニューラルネットワークの間には根本的な違いがあり、両者は大きく異なる動作原理で動いているよう見えるからです。この違いは重要なはずです。この違いを解明しギャップを埋めることができれば、脳のように柔軟で効率的な新たな機械学習の創出への突破口になると期待できます。

そこで私たちは、実際の脳の様々な特性に着目し、それらと活かす新しい機械学習アルゴリズムやネットワーク構造を探求する研究を行っています。特に最近では、脳と現在のニューラルネットワークの特に重要な差異として、自発性・揺らぎ・確率性・神経ダイナミクス等に着目した研究を進めています。脳が実現する機能の多くは、未来や未知の入力などを推定する何らかの推定問題だと考えることができるため、これらか何が起き得るのか、これは何なのかといった様々な事象の可能性、つまり確率を、うまく求めることが重要であり、脳の揺らぎや自発性が、その謎を解く鍵だと考えられるのです。

例えば、脳のニューロンとシナプスの確率的な動作特性に着目することで、脳のように確率的な動作で学習を実現する新たな機械学習モデルの構築に成功しています。また最近では、神経細胞集団が作る多様なダイナミクスを記述する新たな数理的手法の開発にも成功し、知覚や記憶の過程での脳内の神経ダイナミクスの特性を数理的に記述して新たな人工知能へと応用する研究も進めています。

参考文献
[1] 脳と知能の物理学 寺前 順之介 物性研究・電子版 8(1) [1] 2020年2月
[2] 脳型人工知能の実現に向けた新理論の構築に成功―ヒントは脳のシナプスの「揺らぎ」―

寺前 順之介

京都大学 情報学研究科 先端数理科学専攻 非線形物理学講座