わたしたちの脳は、約千億もの神経細胞からなる複雑で巨大なネットワークです。そこでは、神経細胞が非線形な相互作用を通じて結合し、スパイク発火と呼ばれる電気的な信号を送り合うことで、高度な情報処理と、極めて柔軟で効率的な学習を実現しています。
近年、様々な実験技術が急速に進展したことで、神経細胞がスパイク発火を送り合う実際の振る舞いや、経験や学習を通じて、脳内の情報伝達が変化していく様子を、大規模かつ詳細に捉えることが可能になり始めました。
ところがその膨大な知見にも関わらず、脳の情報処理の動作原理や効率的な学習を実現するメカニズムは未解明に残されています。これらの原理が解明できれば、現在の深層学習などを遥かに凌駕する本当の意味での脳型の人工知能を実現する突破口になることは間違いありません。
そこで私たちは、その突破口を開くことを目指して、実際の脳の特性や実験データを情報とダイナミクスに関する数理的な観点から捉えることで、そのネットワーク構造や動作原理を解明する理論神経科学、あるいは計算論的神経科学と呼ばれる分野の研究を進めています。
例えば最新の実験データと数理モデルを組み合わせることで、脳が自発的に神経活動を維持するメカニズムを解明し、その自発活動が持つ機能的意義を明らかにすることに成功しました。また最近では、生物が外界の情報を脳内に保持する仕組みを解析することで、その背景にある数理的構造を明らかにすることにも成功しています。
参考文献
[1] 脳のネットワーク特性と脳内情報処理 寺前 順之介 情報処理 : 情報処理学会誌 : IPSJ magazine 59(1) 60-66 2018年1月
[2] 脳と知能の数理 : 理論神経科学の最前線(1)神経細胞の数学 寺前 順之介 数学セミナー 58(1) 70-73 2019年1月
[3] 脳と知能の数理 : 理論神経科学の最前線(2)神経細胞ネットワークの数学 寺前 順之介 数学セミナー 58(2) 72-75 2019年2月
[4] 脳と知能の数理 : 理論神経科学の最前線(3)ニューラルネットワークの構造と機能 寺前 順之介 数学セミナー 58(3) 56-59 2019年3月
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